最先端研究探訪

時間分解分光で捉える 秒に満たない超高速反応のプロセス

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ポストLEDフォトニクス研究所 光基礎研究部門 准教授
片山 哲郎(かたやま てつろう)

「とくtalk」2026年春号掲載/取材2026年1月)


反応の途中で何が起きているか極めて短い時間軸で追跡する

「物理化学」の中でも、光を使って分子の性質を評価する「分光学」が専門の片山先生。特に、フェムト秒(*1)、ピコ秒(*2)という超高速でおこる反応を追跡するため、「時間分解分光」という手法を用いています。
化学の世界では、反応の前と後を知ることはできても、その過程で何が起きているかを可視化するのは非常に困難です。片山先生はこれを光合成に例えて説明します。
「葉が光を吸収して酸素を作ることは誰もが知っていると思いますが、光を吸収して電気エネルギーに変わるまでの間に生じる最初の光エネルギー移動反応はだいたい100フェムト秒という、とてつもなく短い時間で行われます。その後、酸素の生成や二酸化炭からデンプンの合成へとつながるのですが、これらの反応には、ミリ秒(*3)?秒単位の時間がかかります。時間分解分光は短い時間の中で、『何が、どのような順番で起こり、時間とともにどのように変化していくのか』を追いかける研究手法です」。
この手法は太陽電池の設計指針にも役立てられています。
光が当たって生まれた電気が、どれだけ効率よく運び出されているのか、またどの段階でエネルギーが失われているのかを時間分解分光により、詳細に調べることができます。

(*1) フェムト秒…10–15=1000兆分の1秒 ( *2) ピコ秒…10–12=1兆分の1秒 ( *3) ミリ秒…10–3=1000分の1秒

「見えないものを見る」ため装置も自作する

実験は装置を自作するところから始まります。
「学問的に新しい成果を生み出すためには、大きく分けて二つのアプローチがあります。一つは新しい概念を提示すること、もう一つは新たな方法論を構築することです。とりわけ方法論の構築に取り組む場合、既存の装置では限界があることが多く、自ら装置を設計?製作することが不可欠です」。
こうして行われた最新研究のひとつに、生体試料を対象とした「単一細胞中のATP追跡 GFPタンパク質のダイナミクス」があります。
これはJST 創発的研究支援事業で、金沢大学の新井教授と片山先生の共同研究として行われ、国際学術誌『Nature Communications』に掲載されました。
この研究は光が当たった際にATPが結合している場合と結合していない場合とで、分子がどのような過程で光のエネルギーを失っていくのかを詳細に比較した研究です。
測定では横軸に波長( エネルギー)、縦軸に蛍光や励起状態の吸収の強度をとったそれぞれのスペクトルを解析し、励起状態から元の状態へ戻るまでの時間変化を追跡しました。その結果、ATPが結合しているとたんぱく質の分子全体が硬くなり、効率よく発光する状態になる一方、ATPが外れると構造が柔らかくなり、発光しにくくなることが明らかになりました。
こうした違いは、光エネルギーを受け取った分子が、どのくらいの時間で元の状態に戻るのかを、スローモーションのように追跡することで初めて捉えることができました。
ATPはアルツハイマー病などの疾患とも関係が深く、細胞が生きているか、あるいは機能を失っているかを判断する上で重要な分子です。本研究により、細胞内のどのような場所でATPが生成されているのかを可視化する発光たんぱく質の設計指針の手がかりが得られました。
 

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オプティカルテーブル(顕微鏡観察など、精密な光軸調整が必要な分野で、
振動の影響を最小限に抑える作業台)の上にはたくさんのレンズやミラーが。


 

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光物理過程?光化学反応過程はとても短い時間で進行しています。
これらの過程を見ることのできる時間分解電子スペクトル(過渡吸収スペクトル)測定法を顕微鏡と組み合わせた
新しい装置を開発、改良し、誰も見たことのない光物理?光化学反応過程を明らかにする研究をしています。

きれいに素早く計測することで培われる研究者としての姿勢

片山先生が分光学に興味を持つようになった原点は、学生時代の実験にありました。
論理的に考えながら一つ一つの工程を丁寧に積み重ねることで、学年で最も美しい計測データを得ることができたという成功体験が、今に繋がっているといいます。
「多少手を抜いても測定自体はできますが、最も美しく、精度の高いデータを取るには高い技量が必要です。分光学の研究を行うようになって、国際会議で『非常にきれいなデータだ』と評価された経験は、大きな自信になった」と話します。
こうした研究に向き合う姿勢は、研究室の学生たちにも自然と共有されています。
研究室では、わずかな妥協が結果に大きく影響する高度な実験を扱うことも少なくありません。一方で、実験にはスピードも求められます。そのため一つの解決策に執着せず、まずは3つ、4つくらいの案に絞り込んで考えるようアドバイスします。
「分光学の実験では、オプティカルテーブル上の配置次第で、無数の光路設計が可能になります。時間をかければ最適解にたどり着けるかもしれませんが、複数の可能性を素早く比較してある程度まで絞り込み、そこからじっくり考える。日々の研究を通してそうした力が鍛えられると思います」。

 

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「自分の手で最高精度のデータをとる経験を通して得た自信は、
将来どのような分野に進んだとしても、大きな支えになるはず」という片山先生(写真左)。

 

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研究室の皆さん。卒業後の進路は、光学メーカーやディスプレイ素材、半導体関連など多岐にわたります。
 


研究室で扱うテーマは、教科書には載っていない領域のものが多いそう。そのため研究内容そのものよりも、研究室の雰囲気や研究姿勢に共感し、この研究室へ入ってくる学生がほとんどだといいます。
研究室選びに迷ったら、その場で育まれる研究姿勢を手がかりにするという考え方も、アリかもしれません。

 

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