医療や福祉の再編のため実情を調査し、提言を行う
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「研究というよりは社会活動ですね」という土屋先生。自らすだちくんに扮し、児童養護施設のお祭りを盛り上げる姿や、高齢者施設を学生と共に訪れ、介護予防のための体操やゲームを楽しむ写真から、地域の人との信頼関係が見てとれます。
何度も現地へ足を運び、施設のスタッフや利用者へのインタビューや調査を重ねる中で浮かび上がる問題点を報告書にまとめ、現状に即した医療や福祉再編のための提言を行う傍ら、『子供と貧困の戦後史』や『はじき出された子供たち』といった社会問題を扱った歴史書の執筆も。人と人、人と制度が複雑に絡み合った課題を地域性や歴史から紐解き、フィールドワークを通じて検証を 重ねています。
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プライバシー厳守のジレンマ
土屋先生の研究フィールドのひとつに児童養護施設があります。
徳島県内では徳島市内と阿南、小松島に全体の7分の6くらいがあるそうですが、認知度は低く、施設の子供たちに対しても「不良の集まり」「育ちの悪い子」といった偏見をもつ人も少なからずいると言います。
「施設には親から虐待を受けて精神的に傷ついている子もいるので、その子のバックグラウンドには触れないというのが鉄則ですが、それを除けば元気なお子さんが多いという印象です。
本当はもっとオープンにして、施設の状況を知ってもらえれば偏見もなくなると思うのですが、1994年に発効された『子どもの権利条約』により、施設の様子をホームページに載せたり、子供の写真を撮ることができなくなったんです。そのため、どういう子がいて、どんな生活をしているのかが一般に見えづらくなっています」。
隔離されているわけではありませんが、子供たちのプライバシー厳守のため、情報が制限されることで、周囲の理解が進まないというジレンマを感じます。
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土屋先生は児童養護施設へ研究室の学生たちを連れて行き、積極的に子供たちと一緒に遊ばせると言います。
「大学生は施設の子供たちにとって貴重な存在。施設の子の大学進学率は10%程度。子供の貧困問題も大きな論点ですが、それ以前に自身の将来を描きづらいことが問題。子供たちは様々な事情を抱えているため、勉強に集中できなかったり、勉強する習慣自体がない子もいます。『あんな風になりたいな』『こんな選択肢もあるんだ』と思える身近なロールモデルが大学生。中には遊びだけでなく、学習ボランティアとして勉強 のサポートを行う大学生もいます。が、そうした子も含めて〝自分のために毎回来てくれる人がいる?ということが、子供たちにとってとても大切なのです」。
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家庭での養育が困難な場合、子供は里親が引き取るのが一般的と思っている人も多いのではないでしょうか?
「日本は欧米に比べて、施設率がスゴく高いんですね。約85%が施設、里親は15%くらい。イギリスだと9割が里親で施設は1割程度。世界的な見地からはアメリカ、イギリス型の児童福祉のシステムが良しとされているので、『日本は子供の人権に配慮したケアができていない』と、国連から勧告を受けているんです」。
施設はダメで、里親がいいという単純な問題ではなく、それぞれのメリット?デメリットを併せてもう一度見直す必要があると土屋先生は言います。
「施設の職員は親代わりにはなれないかもしれませんが、集団の中で生活するメリットは大きいという意見もあります。
1人のお子さんに対して複数の職員さんが常駐しているので、いろんな角度でケアできる良さもある。もちろん里親の所にいくといいこともたくさんあるんですが、欧米に倣うにしても、もうちょっと調査しないと判断しかねますね」。
現在、ファミリーホームという預かる子供の人数が上限6人といった小規模な施設が、対面的なやりとりもしやすいため、県内でも増やしていこうという動きはあるのだとか。まだ1ヵ所しかないそうですが、そこを応援していきたいと言います。
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できることをできる範囲で
こうした児童養護施設の他に高齢者福祉の活動にも携わり、介護予防のため高齢者が集まり、体操をしたり、脳トレを行う『いきいきサロン』のサポートも行っています。
高齢者は一人で引きこもりがちな人が多いため、そこへもまた学生と共に参加しています。
「徳島は医療や福祉に関してもエリア格差が大きい。徳島市内は比較的医者や介護士の数が多いんですが、とても偏在していて、南や西に行くと大変な状況になっている。
だから単純に学生を連れて行くだけでもとても喜ばれるし、そこできちんと調査をして、提言を行っています」。
こうした社会問題に興味を持っている人は、施設のイベントやお祭りに参加してみるといいのだそう。
「施設では地域と関わりをもち、一般の方々にも施設のことを知ってもらおうと年に1回、お祭りや イベントを行っています。そこへ行ってみて、何かしたいと思ったら、ちょっとお手伝いをする、ボランティアでもいいですよね。1ヵ月に1回でもいいし、毎回行かなくてもいい。
そういう風に支えてくださる可能性のある方がいると思うだけで、スタッフや職員の力になることがあると、覚えておいてもらえたらいいと思います」。
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大学院社会産業理工学研究部
社会総合科学域 准教授
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[取材] 174号(2019年1月号より)