ある日、Tさんが「学会発表すると何かいいことがあるんですか?」と尋ねてきた。研究を行う者は日々自ら行った研究の成果を、同分野の研究者を前にして発表して議論を行う事を常としている。今度、ある学会の支部会で初めての発表をするので疑問に思ったのだろう。それ以外にプラスになることは、小さいながら自らの研究業績となることだろう。「ちなみに奨学金を借りているか?」と尋ねると、「いいえ」だった。
日本学生支援機構による平成2年度学生生活度調査によると、奨学金を受給している学生の割合は大学生で49.6%、短大生で56.9%、大学院博士前期課程で49.5%、大学院博士後期課程で52.2%となっている。以前の日本育英会時代は、教職(小中高校の先生)や研究職(大学の先生や研究所の研究員)に就いた場合、奨学金の返済が免除される規定があった。しかし、2004年の日本学生支援機構の設立に伴い、その制度が全て廃止になった。言い換えると以前の奨学金は、いわゆる”先生”という職業に就けば一部あるいは全額が免除されたことになる。現在の制度でも、「特に優れた業績による返還免除」として大学院で第一種奨学金(利息なし)を利用した場合のみに、全額あるいは一部が免除される枠があるが極めて少ない。特に優れた業績による返還免除者を決める時の資料として学術論文が何報あるのか、学会発表がいくつあるのか等が判断材料として使用されることが多い。
奨学金を借りている多くの学生さんは2004年度以降の制度は不平等と思うだろう。しかし、大学の数を見てみると私が学部を卒業した1990年は507校だったのが2022年には807と1.6倍に増えている。学生数に関しても1.5倍くらい増えている計算になる。約二人に一人が奨学金を借りている現状を顧みれば、免除の枠を簡単には広げることが財政的に難しいかもしれない。現在は進学希望者の数と大学定員がほぼ同じなので、大学を選ばなければ全員が入学できる状態である。ちなみに私の時代は高校生の数も現在の2倍以上存在し、一方で大学の数は限られていたので、進学したいが受験に失敗し涙して就職する者もいた。
奨学金ではないが、大学院修了時に三木康楽賞を頂いた。学部学生の場合は成績が1番及び2番の者が該当となるが、大学院生は論文や学会発表数が重要なファクターとなっていると思われる(選考に関わっていないので推測ではあるが)。私の時代は、皆甲乙つけがたいとのことで業績ではなく”くじ引き”だったことを記憶している。もうこのような時代はこないと思う。
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